メゾンエルメスフォーラムでは、オランダ・アムステルダムに拠点を置くアーティスト、向井山朋子を紹介いたします。向井山は、ピアニストとして国際的に活躍する傍ら、近年では自ら振付や演出を行う舞台作品やアートインスタレーションの発表など、幅広い分野で才能を発揮しています。
たった一人の観客のためのコンサートや、舞台上に鑑賞者が上がることで成立するパフォーマンスなど、従来の形式にとらわれない制作に挑戦する向井山の根底にある関心は一貫して、音楽が演奏される空間とそれに関わる人びと、演奏者や観客が音楽をどのように受け止め、またその空間を知覚するかの問いかけです。
今回、2月5日から28日まで連続するピアノのパフォーマンスをベースとした展覧会「ピアニスト」は、自然と人間の時間を律する立春から始まります。ピアノの森のインスタレーションの中で、演奏は毎日行われ、前後の時間を含めた数時間だけオープンします。日々、1時間ずつの時差を伴う環境の中で、いつもとは異なる時間が、ゆっくりと回転してゆきます。コンサートホールでも劇場でもなく、音楽スタジオとも異なるアート・ギャラリーを舞台にして、ピアニストと鑑賞者は交差します。ギャラリーを訪れる人は、意図的にずらされた非日常の回転盤の上で、「ピアニスト」のインスタレーションの一部となることを受け入れてゆきます。一方、向井山も、鑑賞者を「開かれており、無防備で、可能性に満ちた作品のパートナー」として受け入れ、私たちはお互いに冒険への理想の道付けを得ることになるのです。
24日の会期を終えるとき、時間はもとのギャラリーの時間へと戻ってきます。しかし私たちの時間は、どこかでずれてしまったまま、息苦しい静寂とともに新しい季節を迎えることになるでしょう。
――――――――――――――
「ピアニスト」のピアノの森には小さなアップライトからコンサートグランドまで、さまざまなピアノが転がっている。大きい声を出したい時にはコンサートグランドを、嗄声で囁くように唄いたい時には調律の狂ったアップライトを。
「ピアニスト」の空間には、ピアノで作られた物陰があり、必要であればひっそりと身を置きたい観客、そしてピアニストのための空間がある。
「ピアニスト」の空間にはピアノの形をした寝台のような、棺桶のような黒い箱が置かれている。ピアニストが寝ている間も練習できるよう、死んでからもピアノが弾けるように。
―向井山朋子