価値観と職人技の継承:皮革の学校
そこで新しいものを取り入れ、五感を使うことが重要となります。研修生は、実際に手を動かす前にまず、観察に徹しなくてはなりません。熟練職人の姿勢や仕草、道具の使い方をあらゆる方法で観察しながら、自分の頭で考え、まねてみます。例えば、カットした釘の頭をパールのように丸く美しく仕上げる「ペルラージュ」という技術を学ぶには、目を閉じる必要があります。そして、バッグのベルトに取り付けられたプレートを叩く鏨(たがね)の、小気味よいリズムに耳を傾けます。強弱をつけながら規則正しく響くリズムは、言葉で説明するよりもずっと雄弁に技術を伝えるのです。目標は、卓越した製品をつくれるようになることだけではありません。高校や専門学校と連携したプロジェクトでは、指導者となる職人たち約50名が使命感を持って関わり、研修生が修了証書を手にするまでの過程を責任を持って見届けています。
パール仕上げ
パール仕上げとは、本来はひとつしかない鋲の頭をふたつにする技術をいう。より正確に言うなら、鋲の尖ったほうの先端にも丸みをもたせる―そう、まさに真珠のような丸みを与える―技術のこと。鋲はハンドバッグのあらゆるところに使われている。ベルトの先端、飾りボタン、留め金、それにショルダーストラップの両端にも。革と金属をしっかり固定させるため、金属のパーツの四隅に鋲が打たれる。パール仕上げにかかるとき、鞄職人は、金属の加工に欠かせない鉄床(かなとこ)、軽い金鎚、そして、「ペル ロワール」と呼ばれる専用の鏨(たがね)を手元にそろえる。太くて短い鉛筆のような形をした鋼鉄製のこの鏨には、ぴったりと手になじむように滑り止めの溝が切ってあり、凹状にえぐれた先端はボールがはずれたボールペンの先に似ている。 隅に穴を開けた革と金属プレートの裏側から鋲を差し込み、尖った先を上に出して鉄床にのせる。ペンチをつかって、鋲を必要な高さにカットする(このとき、製品を保護するためのビニールの厚みも考慮しなくてはならない)。作業がはじまると、職人の両の手はバレエを舞うごとく優雅に、かつ正確に踊りだす。鏨はデリケートに、しかし毅然として手のなかでターンする。鏨の役目はあくまで鋲をなだめること。力まかせに押しつぶすわけではない。そしてもう一方の手が金鎚の首を小刻みにふるわせて、いつしか丸い輪郭が浮かび上がってくる。子どもの頃、円を描くように自分のおなかをこすってみたり、頭のてっぺんをとんとん叩いてみたりしたことを思い出す。遊んだり、ふざけたりしながら、ああして手や腕や体の各部を連動させること、動きの連係プレーを学ぶともなく学んでいったのだろう。もちろん、ここでは、もう、だれもふざけたりはしない。ほんのわずかなかすり傷さえ、プレートにとっては命取り、そのままごみ箱へ直行だ。この一連の作業の成果には、なんともかわいらしい名前がつけられている。その名も「ブートゥロル」。けし粒ほどのちいさなキノコか、小雀か、それとも魔法の草。鞄職人たちはみな、この繊細なパール仕上げの技を身につけている。優れた職人の魔法の手は、たぐい稀な一粒のパールなのだ。
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