『マン・オン・ワイヤー』| エルメス - Hermes

GINZA MAISON HERMÈS

Le Studio

『マン・オン・ワイヤー』
MAN ON WIRE

美しき逃避行 Ⅰ
2009.2.28(土)~4.11(土)

ル・ステュディオは銀座メゾンエルメス10階にある40席のプライベートシネマです。

 

『マン・オン・ワイヤー』MAN ON WIRE

2008年/イギリス/カラー/95分/35mm/英語​

監督:ジェームズ・マーシュ
製作:サイモン・チン
撮影:イゴール・マルティノビッチ
音楽:マイケル・ナイマン、ジョシュア・ラルフ
出演:フィリップ・プティ、ジャン・ルイ・ブロンデュー、アニー・アリックス、バリー・グリーンハウス、ジム・ムーア
配給:エスパース・サロウ
フォトクレジット:© 2008 Jean-Louis Blondeau / Polaris Images
はじめてフィリップ・プティを見たのは1971年のことだった。当時私はパリにいて、ある日モンパルナスを歩いているときに、黙って舗道に立つ人々の大きな輪に出くわした。その内側で何かが起きているのだ。それが何なのか知りたくて、人波をかきわけてなかに入り、背伸びをすると、輪の中心に小柄な青年が見えた。彼は全身黒ずくめだった。靴、ズボン、シャツ、そして頭に載せているくたびれたシルクハットに至るまで、すべて黒。帽子から突き出た髪は、明るい、赤みがかった金髪だった。その下にある顔はひどく青ざめ、血の気がなかったので、最初は白塗りしているかと思った。
(中略)
次にフィリップ・プティを見たのは、数週間後だった。深夜、午前一時か二時ごろ、ノートルダムにほど近いセーヌの川辺を歩いているときだった。突如、通りの向こうで、闇(やみ)に紛れて足早に動く数人の若者の姿が目に入った。彼らの手には、ロープ、鋼索、工具、重そうな手提げカバンがあった。例によって好奇心をかき立てられた私は、通りをはさんで彼らと平行に進み、やがて、彼らのなかにモンパルナスの曲芸師がいるのを見つけた。そのとたん私は、まもなく何かが起こることを悟った。だが、いったい何が起こるのか、想像もつかなかった。
翌日、『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』の一面に、求めていた答えが載っていた。一人の青年がノートルダム寺院の塔から塔に綱を渡して、三時間のあいだその上で歩いたり、投げ物芸をしたり、踊ったりして、下に集まった人々を驚愕(きょうがく)させたというのだ。青年がいかにして綱を取り付け、当局の目を逃れたのか、誰にもわからなかった。彼は地面に降り立ったとたん、逮捕された。治安妨害、そのほか種々の軽犯罪に問われたのだ。その記事を通して、はじめて彼の名前を知った。フィリップ・プティ。それがあの曲芸師と同一人物であることを、私はみじんも疑わなかった。
(中略)
私はフランスで四年間暮らしたのち、1974年7月にニューヨークに戻った。フィリップ・プティのことは長いあいだ耳にしなかったが、パリでの出来事は鮮やかに記憶に残っていた。それは、私の心の神話に欠かせぬ要素となっていた。と、私が帰国してからわずか一ヶ月後、フィリップがふたたびニュースになった。いまでは有名な話だが、今度はニューヨークで、世界貿易センターの二つのビルのあいだを綱渡りしたのだ。フィリップが相変わらず彼独自の夢を見つづけていると知って、嬉しかった。いい時に帰ってきた、そんな気分にもさせてくれた。ニューヨークはパリに較(くら)べて寛大な都市であり、ニューヨークっ子たちはフィリップの功績に熱狂的な反応を見せた。

ポール・オースター著、柴田元幸/畔柳和代訳『空腹の技法』新潮社、2000年より
 

作品について About Film

70年代のパリは彼の話題でもちきりだった。一本の鋼の綱の上で、あらゆる法規や自然の法則に挑戦し、警察の禁止をものともせずに、誰も試みたこともなければ、想像だにしないことをやってのけた男。ノートルダム寺院の二本の尖塔のあいだをするすると音もなく滑空し、エッフェル塔から人類博物館の屋根まで渡ったかと思えば、オーストラリアで一番高い橋の二本の橋脚のあいだに突如出現する。いつも同じ優雅さと、いつも同じ無頓着で尊大な態度で。そうすることで、危険を払い除けているようだった。
メディアは時折、彼のこれといって特徴のない顔をわれわれに垣間見せてくれた。「レ・ミゼラブル」の小僧ガブロッシュのように人を小ばかにした、飼い馴らされない態度、茶目っ気をたたえた微笑み、燃えるまなざし…綱渡り劇場から抜け出したアルセーヌ・ルパン。このすばらしい人物は私をすっかり魅了し、私のヒーローにまでなった。同じころ、私はたまたまジュネのテキスト、「綱渡り芸人」に出会い、この芸はほとんど神聖で、闘牛やダンス、そしておそらく書く行為にも近いものであることが分かった。

フィリップ・プティはジュネの主人公のように、ただの綱渡り芸人ではなく、並外れたマジシャン、ダンサーでもあった。ただし、虚空を滑り、飛んでいるときにしか存在しない。
地上では何者だったのか、空を闊歩していないとき、誰とつきあい、何をしていたのか?

しばらくのちの1974年、ニューヨークで彼の偉業が新聞のトップ記事になった。2001年9月11日の悲劇で有名になった、あのツインタワーのあいだの、高度400メートルの虚空を渡ってみせたのである。
1977年、ジャドソン記念教会正面のワシントン・スクエアの小道の曲がり角で、私は彼を見かけた。 野次馬たちが固唾を呑んでじっと見つめるなか、黒い服を着て、シルクハットをかぶり、綱渡りの練習をしていた。その日、撮影した彼の写真を私はまだ持っている。
数日後、本人立会いのもとで、非公式の試写会をやると知らせを受けた。私はニューヨーク、ツインタワーのあいだを渡る快挙を記録したラッシュを呆然として眺めた。アンリ・カルティエ・ブレッソンの姿が会場にあった。彼もフィリップ・プティを評価していたのだ。その理由はいわずと知れていよう。

当時彼を助けた人々の証言と、彼らが撮影した映像で構成されたこのドキュメンタリーは、警察の監視の目をあざむき、寒風吹きすさぶニューヨーク、ツインタワーの頂上に真夜中、密かにロープを張るための巧妙な戦略を、35年後の今に明らかにしてくれる。
フィリップ・プティとその共犯者がおもしろおかしく語る事の顛末は、この底知れないジェントルマンの比類なき謎を一層浮き彫りにしている。彼のスタイルは、危険を美の不可欠の要素とする幾人かの稀有なダンサー、振付師のスタイルと似ている。

パトリック・バンサール(ル・ステュディオ プログラム・ディレクター)
 

上映スケジュール Schedule

上映日
2月28日(土)、3月7日(土)、3月14日(土)、3月21日(土)、3月28日(土)、4月4日(土)、4月11日(土)

上映時間
11:00/14:00/17:00

会場 Access

銀座メゾンエルメス ル・ステュディオ
(東京都中央区銀座5‐4‐1 10階 TEL: 03-3569-3300)

予約 Reservation

※このプログラムの上映は既に終了いたしております。