『ジャズ&ファンタジー』| エルメス - Hermes

GINZA MAISON HERMÈS

Le Studio

『ジャズ&ファンタジー』
Jazz&Fantasy

ダンスⅥ
2007.11.3(土)~12.22(土)

ル・ステュディオは銀座メゾンエルメス10階にある40席のプライベートシネマです。

ダンスの年2007を締めくくるプログラム「ジャズ&ファンタジー」。貴重な演奏記録であるルイ・アームストロングの『ラプソディー・イン・ブラック・アンド・ブルー』、躍動感溢れる華麗なステップはニコラス・ブラザーズとドロシー・ダンドリッジによる『チャタヌーガ行きの急行列車』、エキゾチックなジョセフィン・ベーカーの 『プランテーション』などジャズの世界を。そして、軽妙洒脱なジェフ・スカーの動く絵画、ファンタジックなイマジネーションあふれるレン・ライの映像など、20本あまりのオムニバス上映をお楽しみください。

*本上映会はベータSPによるビデオ上映となります。

 

JAZZ

シネマテーク・ドゥ・ラ・ダンスの幸運―それはこのジョー・ミルグラムコレクションを目にするすべての人のものでもある。このジャズの珠玉の映像の数々は、ミルグラムによって忘却の淵から救い出され、我々に分かち与えられえるものとなったからだ。シネマテークに寄贈されたこのコレクションは、まさにミルグラムの言葉―ジャズの心とはミュージシャン同士の愛、それは分かち合いの精神―そのものが具現化されている。ミルグラムはジャズを「ダンスと音楽の結合体」と呼ぶ。ジャズはミュージシャンの即興であり、またダンサーの即興に応えるスペクタクルだからである。彼らは西洋音楽のようにハーモニーや和音を重視するのではなく、スウィング、フィーリング、熱いリズム、熱い身体でスペクタクルを組み立てる。そして、今これらの映像を目にするとき、ジャズが黒人の魂、幸福な魂であったことを我々はしみじみと感じるのである。
本プログラムはミルグラム・コレクションからの抜粋で構成されている。この記録は非常に貴重なものであり、時の痕跡が線や縞となってフィルムに散りばめられている。
これらを、傷と呼ぶべきではないだろう。
二度とは戻らないあの時代の最後の壊れやすい証言なのだから。
フォトクレジット:© La Cinémathèque de la Danse
 
上映プログラム

ニコラス・ブラザーズ、ドロシー・ダンドリッジ
チャタヌーガ行きの急行列車(Chattanooga Choo Chooチャタヌーガ・チュー・チュー)
『Sun Valley Serenade 銀嶺セレナーデ』
(H.ブルース・ハンバーストン監督、1941年)より

早熟で、優雅な身のこなしを備えた兄弟、フェイヤード(兄)とハロルド(弟)といえば、史上最も賞賛を浴びたデュオ、ニコラス・ブラザーズである。わずか14歳と8歳にしてデビューを飾った二人から発散されるオーラの輝き、陽気さは人々を夢中にさせた。

フォー・ステップ・ブラザーズ
『Barber Shop Blues バーバー・ショップ・ブルース』
(ジョセフ・ヘナベリー監督、1933年)より

新装開店の理髪店で繰り広げられるジャズナンバー。フォー・ステップ・ブラザーズはアクロバティックなスタントと「フラッシュ・タップ」と呼ばれる早い足の動きで知られる。この作品でもメンバーのソロタップシーンが繰り広げられ、個性あふれるダンスを披露している。

ベリー・ブラザーズ
『Lady Be Good レディ・ビー・グッド』
(ノーマン・Z・マクレオ監督、1941年)より

彼らのショータイムは非常に短く、一瞬一瞬が完璧にタイムで計られたように正確で、ダイナミックな動きから一瞬静止する、動きの変化のメリハリが強烈なダンスだった。
「うっかり50セント硬貨を落としても、拾おうと身をかがめるのはおやめなさい。でないとあなたは全てを見過ごすことになります!」 とは彼らのパフォーマンスに仰天したある批評家の言葉である。

ハーレムのサヴォイ・ボールルームで踊る人々
『The Spirit Moves ザ・スピリット・ムーヴ』
(ミュラ・デーン監督、1950年)より

1920年代後半のニューヨーク・ハーレムでは「リンディ・ホップ」というダンススタイルが人気であり、それをリードしたのがサボイ・ボールルームだった。毎週土曜日の夜になると、ビッグバンドの演奏で人々は新たなステップや技を競いあった。若きダンサーたちがここから輩出され、フランキー・マニングによる空中ステップもここで生み出された。

“スネーク・ヒップ” アール・タッカー
『Symphony in Black シンフォニー・イン・ブラック』
(フレッド・ウォーラー監督、1935年)より

浅黒い肌のスレンダーな男、アール・タッカーは腰を中心に、くねくねと蛇行した動きで“スネーク・ヒップ”という異名をとる。瞼も重そうな半開きの彼の目はダンスの官能性とあいまって、観客たちはタッカーのエクスタシーの世界にひれ伏すのである。

ビル・ロビンソン
『Harlem is Heaven ハーレム・イズ・ヘヴン』
(アーウィン・フランクリン監督、1932年)より

“ボージャングル”は幼馴染の友人たちがロビンソンにつけたニックネーム。彼が生み出した「階段ステップ」はステップごとに異なるリズムを刻み、不思議な音色を奏でるほどにまでなり、彼の代名詞となった。

キャブ・キャロウェイ&ベティ・ブープ
『Minnie the Moocher ベティの家出』
(デイブ・フライシャー監督、1932年)より

「ブプッ・ピ・ドゥップ」でおなじみのベティ・ブープ主演のアニメーション。アニメーション世界で始めて人間の姿で女性をデフォルメしたキャラクター、ベティが犬のビンボーと家出をし、お化け(キャブ・キャロウェイ)が歌う「ミニー・ザ・ムーチャ」に脅かされるシーン。お化けの動きはキャロウェイの演技をロストコープ(実写をアニメ化)したもの。

ルイ・アームストロング
『A Rhapsody in Black and Blue ラプソディー・イン・ブラック・アンド・ブルー』
(オーブリー・スコット監督、1932年)より

ジャズ:ニューオリンズの申し子とでもいうべきルイ・アームストロングの魅力あふれる映像。ジャズに夢中で仕事をしないだらしない亭主に、堪忍袋の緒が切れた奥さんが爆発。モップで殴られ気絶した亭主は、サッチモことアームストロングが泡にまみれて演奏するジャズの都ジャズマニアにトリップする。

ジョセフィン・ベーカー
『La Plantation プランテーション』(1927年)

荒削りとも見える野生的なエネルギー、無邪気な子どものような豊かな表情―彼女の身体の動きは当時の凝り固まった作法や行動に風穴を開けた。そのありのままの肉体は、美しさだけでなく、それ以上のものを意味していた。人種差別や社会の偏狭さに対する怒りであり、それに対する精神の勝利感である。
“私は舞台で野蛮人の役をやらされて以来、普段の生活では努めて文明人でいようと努力してきたの”

デューク・エリントン楽団&フレディ・ワシントン
『Black and Tan ブラック・アンド・タン』
(ダドリー・マーフィー監督、1929年)より

デューク・エリントンの定番曲『ブラック・アンド・タン・ファンタジー』を映画化、エリントンが自演。心臓が悪いダンサーの恋人を案じながらも演奏するシーンである。裕福な白人の社交場であったコットン・クラブ。南部奴隷制度のなごりあるこの場で、北部出身のエリントンは「ジャングル・サウンド」といわれ、もてはやされた。アメリカの虚構―その中でエリントンは独自の美意識に基づく音楽を生み出した。
 

FANTAISIE

ジャズのモノクロ世界に呼応するのは、色彩豊かでまばゆいばかりのファンタジーの世界。ここで紹介するアニメーションはストーリーではなく、イメージと音楽が触発喚起しあう、映像の内なるダンスである。これらもまた、ジャズのビートやアフリカの原始のリズムにインスピレーションを得たのだった。ファンタジーはそもそも、希望、ポエジー、官能といったジャズの本質と、そのダイナミズムを分かち合う。ダンスもまた然り。そして、その幸せを我々は分かち合うのだ。

上映プログラム

レン・ライ
『Free Radicals フリー・ラディカルス』(1958-1979年改訂/4’)
『Colour Flight カラー・フライト』(1938年/4’)
『Trade Tattoo トレード・タトー』(1937年/5’)
『Kaleidoscope カレイドスコープ』(1935年/4’)

1930年代後半はアニメーションが花開いた時代。ディズニーが席巻する一方で、様々な技法のアニメーションが生み出された時代でもあった。なかでもライはカメラを使わず、フィルムに直接描写していく手法を先駆けて実験した作家である。広告作品も多く手がけ、それのいずれもが時代の先を行くポップな感性と、色彩的芸術性にあふれており、今日でも色あせない魅力を持ち続けている。

ジェフ・スカー
『Reasons to be Glad リーズン・トゥ・ビー・グラッド』(1980年/4’)
『Turkish Traffic ターキッシュ・トラフィック』(1998年/3’15)
『Ann Arbor Film Festival Trailer アン・アーバー・フィルム・フェスティバル・トレイラー』(1998年/’40)

膨大なイメージから作られる幻想に興味を抱くジェフ・スカーはアニメーターではなく、“動画家”と名乗る。ひとつひとつのコマがすべて絵画として描画されており、コマ自体がポップ、あるいはキッチュ、ときにはポエティックな完成されたイメージをもっている。これらめまぐるしく移り変わるイメージの氾濫は、驚くほど視覚的な調和を生み出し、軽妙洒脱な後味が残る。

ジャン=ポール・グード
グレース・ジョーンズのビデオクリップ(1985年頃)より

80年代のフランスを代表するカリスマグラフィックデザイナー・ビデオディレクター、ジャン=ポール・グード。彼によって生み出されたグレース・ジョーンズの漆黒の肌、造形、視線、すべてが鮮烈な作品。

アレクサンドル・アレクセイエフ
『Parade des Sools 帽子のパレード』(1936年/1’)

「ピンスクリーン*」という特殊な技法で知られるアレクセイエフの帽子のための広告作品。上映する作品はガスパーカラーで撮影したもの。ヨハン・シュトラウスの音楽にあわせて帽子がパレードしていくさまは、楽しげでシンプルな訴求力を持ち、現代の広告とは違う魅力がある。

*この技法は、何万本ものピンをスクリーンに刺し、光をあて、それらの突出の長短によって生じる微妙な白黒階調を利用し、図像を浮かび上がらせるというもの。

 

上映スケジュール Schedule

上映日
2007年11月3日(土)~12月22日(土) 毎週土曜日

上映時間
11:00/14:00/17:00
 

会場 Access

銀座メゾンエルメス  ル・ステュディオ
(東京都中央区銀座5‐4‐1 10階 TEL: 03-3569-3300)
 

予約 Reservation

※このプログラムの上映は既に終了いたしております。