『色とファンタジーⅠ』| エルメス - Hermes

GINZA MAISON HERMÈS

Le Studio

『色とファンタジーⅠ』
Colours and fantasyⅠ

色とファンタジー
2004.5.8(土)~6.26(土)

ル・ステュディオは銀座メゾンエルメス10階にある40席のプライベートシネマです。

 

『色とファンタジーⅠ』Colours and fantasyⅠ

1. レイヴ Rave
2003年/フランス/26分/カラー

振付:キャロル・アーミテージ
監督:マルク・キデル
音楽:ダヴィッド・シェア
衣装:ペテール・スペリオプロス
出演:CCN(国立振付センター)ロレーヌ・バレー団
製作:アルテ・フランス、レ・フィルム・ディシ、CCNロレーヌ・バレー団、フランス3・ロレーヌ・シャンパーニュ・アルデーヌ

同世代の振付家の中でも最も才能のあるキャロル・アーミテージは、本作品で、ファッション・ショーやロック・コンサートのようなスタイルの新しい振付を発表している。 「『レイヴ』は色彩豊かで、コミカルで、アイロニカルで、人をわくわくさせるような作品だ。見れば見るほど、どれほど振付が成功していて、申し分なく構想、構成され、形式と内容が見事に補い合っているかということに気付かされる。これは紛れもない芸術作品である」。     (マルク・キデル)

2. 生命線 Lifelines
1960年/アメリカ/7分/カラー

監督・デッサン:エド・エムシュウィラー
音楽:テイジ・イト

エド・エムシュウィラーは、パリの国立美術学校を卒業し、50年初頭に「エムシュ」のペン・ネームで、SFのイラストレーターとして活躍する。ジョナス・メカスの言葉を借りれば、エド・エムシュウィラーは「前衛映画の技術者、科学者」でもある。彼は、プロの撮影技師であり、再びメカスの言葉を引用すれば、「自分自身がカメラになりたいと望む」ほど、トリック撮影やカメラのメカニズムに夢中である。運動やフォルム、色彩についてのささやかながら珠玉の傑作である『生命線』の中には、物事についての万華鏡のようなビジョンが十分に表現されている。そこでは、筆のタッチが裸体の女性の輪郭をなぞり、彼女と戯れながら、最後には、彼女の手の上に重なり合って見える。 (ドミニック・ノゲーズ)

3. スプルー Sprue
2003年/イギリス/1分/カラー

監督:ザ・ファイヴ・アンドリュー

植物成長についてのスピードアップ撮影に着想を得て8ミリで撮られた1分間のストップ・フレームのフィルム。完璧で、神秘的で、喜びに満ちあふれたイギリス的ナンセンスの一例。

4. 融合 Fusion
1967年/アメリカ/7分/カラー

監督:エド・エムシュウィラー
振付・音楽:アルヴィン・ニコライ
出演:ムレイ・ルイ、キャロリン・カルソン

フォルムとカラーについての自由な戯れ、そしてその無限の変容に向かいながら、アルヴィン・ニコライの本作は、明快な考察の心を揺さぶるような軽快さと、優雅な厳格さを兼ね備えている。ジョルジュ・メリエスの流れをくむアルヴィン・ニコライは、映像の魔術と技術を、振付という創造活動にとって非常に重要な要素と初めてみなした振付家のひとりであり、『融合』がそのことを示すもっとも優れた例のひとつであることは間違いないだろう。

5. ライン・ダンス Line Dance
2003年/イギリス/5分/モノクロ・カラー

監督:アレックス・ルーベン
振付:アレックス・ルーベン、アフア・アヴク
製作:キャロリーヌ・フリーマン
チャンネル4TV、アート・カウンシル・イングランド、MJWプロダクション
出演:アフア・アヴク、イコール-
音楽:ヴィルジニア・ロドリグス「ネグルム・ダ・ノワテ」

クラブDJであるアレックス・ルーベンがヴィルジニア・ロドリゲスのブラジリアン・ソングをかける。曲名は、およそ「夜の暗さ」という意味である。友人のアフア・アヴクとブリクストン・クラブで踊ったダンス、そしてジャクソン・ポロックのダイナミックな絵画を見ることからインスピレーションを受け、自分の経験をダンス・フィルムへ転換させようと試みる。 『ライン・ダンス』は、24台のカメラを同時に使ったコンピューター・ゲームの技術と、ノーマン・マクラレンとスタン・ブラッケージらアーティストの先駆的なアニメーション・フィルムの技術を組み合わせている。 モーションキャプチャーは、元来は、医学的研究のために発展した技術であり、アレックスは、人間の自然な動きの美しさを技術がどのように捉えることができるのかに関心を持っていた。

6. ファッションショー Le Défilé
1986年/フランス/4分/カラー

監督:マルク・キャロ
振付:レジーヌ・ショピノ
衣装:ジャン=ポール・ゴルチエ
音楽:レ・レジダン

「ショピノに会ったとき、こう思った。あれ、僕たち似ているんじゃないかって。まず彼女のダンスは僕を笑わせてくれた。それはめったにないことだ。美術的な先入観のない、身体の使い方がとても好きだ。彼女のダンスと僕の衣装、そこには同じ目配せ、同じ意味の転用がある」。 (ジャン=ポール・ゴルチエ)

7. 5ピュイッソンス5 ASA 5 Puissance 5 ASA
2001年/フランス/2分/カラー

監督:オーギュスタン・ジメル
デザイナー:ステファニー・クデール

服飾デザインと映像に共通の幾つかの問いについて作られたアーティストによる広告フィルム。

8. ジェミンガ Geminga
2003年/フランス/9分/カラー

監督:ユーゴ・ヴェルランド
音響編集:ユーゴ・ヴェルランド

宇宙現象についてのシリーズの第2部にあたる本作は、身体を花火に見立てるようなアプローチで、仕草や、出現、具象化、抽象化を巧みに連結させている。

9. Yours ユアーズ Yours
1997年/アメリカ/4分/カラー

監督:ジェフレイ・シェール
音楽:ザ・ブネル・シスター

ジェフレイ・シェールは、現在活躍するアメリカの実験映画作家であり、様々な技術を用いながら、色彩の強度を引き出すことに打ち込んでいる。本作について監督自身は、以下のように要約している。「サイケデリックな色彩の中で、愛の歌に新たな解釈が与えられている」。オリジナルとなる素材をもとに行われる色彩についての考察は、このささやかな傑作の詩的な遊戯を作り出している。
 

作品について About Film

『キャロル・アーミテージ、心から離れることのないすばらしき人……』

それぞれの動きが空間へ向かって速度を増していく素晴らしい熱狂。身体は、全速力で投げ出され、立て続けに様々な部分が突出してゆきながら、その最終的なフィギュアに立ち至るように見える。彼女の足の運び、一歩ずつが、光彩を放つ場を通じて、そのフィギュアを反響させ、そして情動によってその印が刻まれる。挑発、なぜなら不可能がダンスの輪郭を、眩暈が美に変貌する地点まで導いてゆくから。無駄な装飾を廃し、表面上はのびのびとした動きでありながら、それはもっとも困難な試みに取り組み続けている。それこそ、彼女のダンスの秘密であり、力なのだ。彼女の動作の連鎖に委ねられ、観客は宙づりにされたままだ。(1979年、キャロル・アーミテージの初期のパフォーマンスを観たあとに書かれた覚書)

不安と歓喜が分かちがたく結びついている特殊な状況、それを囲い込む神秘を持ち得る人がいる。キャロル・アーミテージは、他の誰にも似ていない。世界中を駆けめぐりながら、彼女は絶えず、ルールを物ともせず、既成概念を覆し、自らの傲慢さと想像力だけを頼りとする。

80年代から彼女が押し進めているダンスについてのこの徹底的な反乱では、彼女が探求しなかった領域はない程、同世代の振付のほぼ全ての経験を、多くの場合はそれらを革新しながら、具現化してみせた。彼女の世代において、キャロル・アーミテージは最もひらめきを持った振付家のひとりである。

ジョージ・バランシンの古典を受け継ぎながら、あっさりとそこからマース・カニングハムの継承へと移行し、巧みなやり方でその破壊的な影響力を広げてゆき、あるスタイルについての毒を含んだ、熱狂的なフィギュアを創り出す。

初めてキャロルが踊っているのを見たのは、1979年の夏、ニューヨークのウォーレン・ストリートにあるロフトでのことだった。当時、ダウン・タウンの何人かのパフォーマーたちがそこで出演していた。もしあなたが今この界隈を通りかかっても、その建物を探さないように。数年前にその建物はなくなり、そこは空き地となり、その後、野外駐車場となっているからだ。キャロルが登場したとき、私たちは、床に座ったまま、薄明かりの中、30分ぐらい前から、次々に行われるパフォーマンスを熱心に眺めていた。登場したというよりも、むしろ彼女はそこに侵入してきたようで、というのも彼女の舞台への現れ方には何かしら有無を言わせぬようなものがあり、瑞々しい暴力性を宿していたからだ。冒頭の息を切らしながら走るシーン、そこで彼女の足は絶えず空間を縦横に動き続け、突如として壁に衝突する。彼女は抗い難く魅力的だった。私たちの目の前で起こった出来事は、語りの領域にも、身ぶりによって示されるなんらかの象徴的なものでもなかった。むしろそれは、空間との関係で行われる死への闘い、あるいは感知しがたい問題に対する陰鬱な決着であり、その問題の振動を私たちは身体の芯まで感じていた。キャロル・アーミテージの愁いに沈んだ、天使のような顔は、『勝手にしやがれ』のジーン・セバーグの顔を想起させた。この時期から、彼女のバレエへのインスピレーションの源の中で最も重要な要素が映画であったことは明らかで、とりわけアメリカ映画史を刻んだフィルム・ノワールの息苦しいような雰囲気、ニコラス・レイの『暗黒街の女』からロバート・アルドリッチの『キッスで殺せ』のようなフィルムから着想を得ていた。

その後、キャロル・アーミテージがより好んで引用することになる作品は、『軽蔑』や『ブーローニュの森の貴婦人たち』となる。

そのパフォーマンスから数ヶ月後、キャロルはマース・カニングハム・カンパニーにも参加し、カンパニーの中でも最も素晴らしいダンサーのひとりとなるが、同時に、やはり予測不可能な場所(アート・ギャラリーやロックのクラブ、ロフトなど)でも別のパフォーマンスを続けていた。また当時、夜のニューヨークの街頭に突然現れては、道すがら見つけたオブジェ(道路標識や警察の置いた柵など)を夜明けに抱えながら帰ってくるのだった。それらの用途はキャロルによって夢幻的なものへと変えられてしまい、そうしたオブジェを巡ってパフォーマンスのモチーフが作り出されていった。このようにして錬鉄でできたアイロン台がレディ・メイド(展示品)へと様変わり、ワシントン・スクエアに面したグレイ・ギャラリー、そしてキッチン(アートスペース)での一連のパフォーマンスのきっかけとなったのだ。そのグレイ・ギャラリーは、かつてヘンリー・ジェームスが住んでいた家からすぐ近くにあった。

キャロルはそれ以来、こうした多種多様な素材をコラージュの方法で振付に用いることをずっと続けていくことになる(「魂の密売人たち」で、彼女はニューヨークのブレイク・ダンサーのグループを荒々しく介入させ、振付の輪郭を再び破ることで変革をもたらすことになる)。

パンクの美学と結びついたアンダーグラウンド(傍点)な初期のこうしたスペクタクルから、辛辣で奇抜なファンタジーを基調とした最近のバレエに至るまで、彼女はなんと驚くべき道程を歩んできたことだろうか。最近の野心的な制作としては、フェスティヴァル・ドトーヌ(秋の祭典)で公演された「ドラスティック・クラシシズム」や「ゴー・ゴー バレリーナ」などや、パリのオペラ座での「マクドゥガル・ストリートでの大虐殺」、「汚れた天使たち」など、そして現在、フィレンツェの公共劇場にて「魂の密売人たち」が発表されている。

1982年にホワイト・ストリートのホワイト・ドッグ・ステュディオにて、作曲家のライス・チャタムのギター伴奏付きで初演された「ヴェルティージュ(眩暈)」では、身体から身体へと無限に続くサイクルの幕が開けられ、これから生まれるべき振付がすべてそこに散りばめられていた。ここでもすでに、ギターリストとバレリーナのデュオがゆっくりと悪夢へと変わっていき、響きと怒りの抱擁で終わりが迎えられた。

構成におけるキャロル・アーミテージの手法は、より壮大な規模の振付を繰り返してゆく。そしてその度キャロルは、非常に厳密な論理に裏づけされた振付によって、デュオの調和を粉々に壊し、彼らの均衡を解体し、崩壊させてしまう。まるでダンスという場が、もはや明晰な身体交流の空間ではまったくなく、あらゆる危険が可能な場所、人間存在に潜む薄気味悪いひび、亀裂、脆弱さ、互いの交流の不可能さが浮かび上がってくる場所になったかのようだ。というのもキャロルが絶えず投げかけてきた問いとは、セクシュアリティやその闇の側面、カリカチュア、そしてその技巧(先の細いスパイクヒールや強調された化粧、さまざまな仮装などの装備)についてであるからだ。まるでこれらの過剰さによって、ダンスがついにダンスそのものから逃れることができ、別の空間へと開き、トランス状態を招く儀式でのようにもう後戻りのできない地点へと越えることができたかのようだ(キャロルがどれほどの情熱で、ジャン・ルーシュ監督作品の「メートル・フ」やハイチのブードゥー教についてマヤ・デレンのかつての監督作品を研究していたことか)。そのような地点においては、振付はスペクタクルから逸れていき、私たちの生きている現代性(ルビ:モデルニテ)や、その苦悩、徴候、そしてそこから得られるひらめきを映し出す鏡となる。

そこから危機に晒されたエクリチュールや、振付装置の強烈な美しさが生まれる。こうした装置は、ダンサーたちの波のような、弾丸のようなステップによって突き動かされつつ確立され、また崩れるのを繰り返していく。

異なる表現を併せ持つダンスの入れ子構造。それは例えば、ハリウッド映画の夢のように洗練された性的な魅力(ルビ:グラムール)の趣であったり、振舞いや誘惑がミュージカル・コメディーの軽快さで溶け合うような婉曲的なスタイルだったりする。また男性ダンサーたちの遊戯のようにみえるその妙技、ぴったりとした黒いストッキングに包まれた足で踊る女性ダンサーたちの刺激的な魅力、衣装の深紅色やその洗練(1985年のパリ・オペラ座で、ルドルフ・ヌレエフの援助のもと公演された「汚れた天使」のためにクリスチャン・ラクロワがユーモアたっぷりにデザインした甘さと辛辣さのある衣装)でもある。

同様に、ディヴィッド・サーレの象徴的かつ辛辣な絵画作品、また凍てつくようなエロティズムが描かれた舞台装飾も驚くべき効果を生んでいて、サスペンスや驚愕といった効果でアクセントをつけながら、振付の演劇性をより強めている。

魔術的でありながら、同時に醒めたようなこの世界から、マーティン・スコセッシの監督作品について想起するとしてもそれは全く驚くことではない。どちらにも運動や感情、あるいは身体さえもカット(傍点)する驚くべき方法があり、また毒を含んだ寓話に似た雰囲気がある。どちらの場合も、金銭の流通、身体や身振り、価値や欲望の不正取引が、薄明かりあるいはどぎつい明かりの中で、行動や態度を決定づけることになる(金銭投機や詐欺は、まさに「魂の密売」の中心的テーマである)。(キャロルが数々のインタビューの中で述べているように)ダンサーたちに委ねられた即興の部分はあるとしても、どんな振付の仕事においても、冷笑的態度(ルビ:シニスム)が真実性と争うような何らかの操作が必然であるといえないだろうか。

ティム・バートンの注目すべき監督作品、『シザーハンズ』の中で、悪夢がゆっくりと消えていくと、主人公の少女が、吹雪に静かに飛ばされながら、自分の周りを回りながら踊るシーンがある。この純粋に詩的な瞬間を見ると、いつもキャロルのこと、彼女の美学をどうしても思い出してしまう。その反骨精神や、彼女の引き起こす論争を越えた、彼女の真の秘密とその反逆がもつ独創性とは、彼女の振付がもたらす喧騒の核心には、来るべき救済や、全てをひそかに和解させ、導くようなありのままの無垢な場所が存在するという予感に違いないと思うのだ。

トルーマン・カポーティが、ある日ニューヨークについて想起しながら、「心から離れない素晴らしいもの幻のような反響」と称しているようなものなのではないか……。

パトリック・バンサール(ル・ステュディオ プログラム・ディレクター)​
 

上映スケジュール Schedule

上映日
2004年5月8日(土)~6月26日(土) 毎週土曜日(但し5月22日は除く)

上映時間
11:00/14:00/16:30
 

会場 Access

銀座メゾンエルメス ル・ステュディオ
(東京都中央区銀座5‐4‐1 10階 TEL: 03-3569-3300)
 

予約 Reservation

※このプログラムの上映は既に終了いたしております。