『地中海II』| エルメス - Hermes

GINZA MAISON HERMÈS

Le Studio

『地中海II』
The Mediterranean Ⅱ

地中海
2003.7.19(土)~9.6(土)

ル・ステュディオは銀座メゾンエルメス10階にある40席のプライベートシネマです。

 

『地中海II』The Mediterranean Ⅱ

ほら、あおく澄んだ海
その胎内では、千の魚が
静かに鱗をうねらせる
あおく澄んだ海藻の世界
ほら、千の小石、太陽よりもまぶしい千の目
ほら、波が、踊り子たちが、
エメラルドの床の上をつま先立ちで
海のダンスを踊っている
パントマイムのように、軽やかに

ディラン・トーマス

(1930年12月28日『1930-1932 Notebook』より)



第1部 メヴレヴィ、イスラム教修道僧の踊り Mevlevi, les derviches tourneurs
1970年/モノクロ/トーキー/15分


監督:ピエール=マリー・グレ
編集:フランソワーズ・デュエズ
製作:ダニエル・ミッシェル


第2部 1950年代のエジプト映画のスター(ミュージカル・コメディの抜粋) Stars du cinéma égyptien des années 50
モノクロ/トーキー/18分


協力:ジャン=マリー・ボナフー、レ・フィルム・レジャン


第3部 ドゥエンデとフラメンコの神秘(断片) Duende y misterio del Flamenco (fragments)
1951年/カラー/トーキー/21分


監督:エドガー・ネヴィル
協力:アルファンソ・カスチィージャ・セブリアン、ヴィドメルキュリィ


第4部 カルメン・アマヤよ 永遠に(カルメン・アマヤ主演作品の抜粋) Carmen Amaya For Ever
1990年/モノクロ&カラー/トーキー/14分


編集:パトリック・バンサール/シネマテーク・フランセーズ付属ダンス・シネマテーク
 

作品について About Film

『地中海、音楽、踊り……』

地中海の踊りと音楽はその血、多様性、様式によって限りなく存在している。それらの起源は、太古の時代に遡り、ジプシーのフラメンコやオリエントの踊りは、遥か昔のインドからその系譜を受け継いでいる。激しく、物憂げなこれらの踊りや音楽は、純粋なものと不純なもの、聖なるものと世俗的なものを終わりなき眩惑の中で融合させている。

ダンス・シネマテーク企画の本プログラムは、4部構成であり、そうした神秘や多様性、豊さを物語るものだろう。


第1部 メヴレヴィ、イスラム教修道僧の踊り

トルコのイスラム教の修道僧が勤行で踊るダンスは、聖なる儀式である。その踊りは、スーフィー教と呼ばれるイスラム神秘主義に必要不可欠なもので、その主要な教義は神との交感の探求である。このイスラム教修道僧たちが踊りによって行う儀式「セマ」は、惑星や星など、天空の軌道を描き、この踊りを天使たちの踊りと呼ぶ者もいる。


第2部 1950年代のエジプト映画のスター

ショーの芸術、大衆的な娯楽であるオリエントの踊りの核となる部分は、男性と女性が暗示的に合図を交わし合う空間にある。光の輪の中で、踊り子は不規則で、波打つような動きで、同じモチーフを代わる代わる繰り返しながら勢力圏を広げ、影で行程を描いて行き、そうしたメタファーの魔術的な輪が閉じられるとともに、元の場所に戻って行く。エジプトのミュージカル・コメディでは、踊り子はつねに魅惑的で、官能的かと思うと挑発的になり、かと思うと優雅に、いたずらっぽく踊りながら、視線を一身に集める。当時のアメリカのミュージカル・コメディから着想を得、カイロのスタジオで撮影された作品群を集めた本編に最も多く登場するのは、エジプト映画界の大スター、女優サミア・ガマルである。とりわけ、アンリ・バラカト監督作品の「可愛い魔女カハラマーナ」で、著名な作曲家フェリッド・エル・アトラシェと共に登場する最後のシークエンスでの彼女は、美しく、官能的で、悩ましい。


第3部 ドゥエンデ[1]とフラメンコの神秘

「ジプシーや、フラメンコのダンサーたちのようなスペイン南部の偉大な芸術家たちは、歌うときも、踊るときも、ギターを弾くときも、ドゥエンデの到来なしには、どんな感情も生まれないということを知っている」
フェデリコ・ガルシア・ロルカ(1930)

地中海の向こう側、スペインでは、フラメンコが生まれた。フランメンコはもともとジプシーたちのダンスであった。

1951年、作家、詩人でもあり、駐仏スペイン大使を務め、そしてジャン・コクトーの大の友人でもあったエドガー・ネヴィルは、映画を撮るために、スペイン南部のアンダルシア地方行きを決意した。それは、フラメンコについての映画史上最も美しいドキュメンタリー=フィクションとなる。このプログラムでは、その「ドゥエンデとフラメンコの神秘」の中から最も傑出したシークエンスをいくつかご紹介する。
スペイン南西部ヘレスの太陽で焼け付くように熱い丘、ロンダの伝説的な村(リルケが住んでいた村であり、闘牛の神話的な場所)、グァダルキヴィルの物憂げな岸辺、時には荒々しく、時には静かな流れの中でフラメンコの魂を生んだ王のようなその川。フラメンコは、ジャズと同様に、反逆や生への激しい執着から生まれた。そして、瞬く間にセビーヤからグラナダ、カディスからコルドバへとその影響力を広げていった。蜂蜜や酒の香りが漂うこれらの地名を耳にすると、官能的な夢の中に導かれ、オリエントの入口まで運んでいってくれるような気がする。

視覚的な詩である本編の中で、煌めく幾人かの人々は永久に忘れられない存在である。アントニオ・ア・ロンダ、ロザリオ・エスクデロ、ピラー・ロペス、ヒメネス、そしてその他の多くの人々……、彼らは永遠に不滅である。
 

[1]ドゥエンデ スペイン語で、魔物、妖怪という意味。スペイン南部アンダルシア地方では、「神秘的でいわく言いがたい魅力」を指し、ロルカは「あらゆる芸術にドゥエンデは宿る」と述べていた。フラメンコでは、鳥肌立たせるもの、心の奥底から湧いてくるもの、人を酔わせる感覚をいう。



第4部 カルメン・アマヤよ 永遠に

ジプシーのカルメン・アマヤは、最も偉大な女性舞踊家のひとりである。彼女と比肩するものは誰もいなかった。

あの優雅さ、そして抑えきれないほどの激しさで美を踏み鳴らし、踏みならす足のリズムの矯激な変化の中で美を再生させるそのしぐさ、そして素っ気ない肩の動きひとつで、長く豊かな髪を突風の中に解き放ち、そこからバラの花を床に落とすその振る舞い、それらは彼女だけのものである。華奢で、野性的で、砕けんばかりに張りつめたその身体の中のすべてが素晴らしく、彼女の身を完全に焼き尽くさせるほどの反逆心と情熱がそこに見て取れた。彼女は、ニジンスキーや、マノレーテ、エディット・ピアフ、そしてアントナン・アルトーら反逆心を持っていた人々のひとりだった。そしてアルトーとは、まるで兄妹のように、視線から発せられる黒い閃光を共有していた。彼女は、「存在することの苦悩」、生への激しい執着があるように、「踊ることの苦しみ」があることだけを示そうとしていた。それは火のように燃えたぎる情熱が刻印された踊りであり、その渇望は死に至るまで消えることがなかった。

ご紹介する様々な映像は、スペインとキューバで40年代に撮られた作品の抜粋を編集したものだ。

本編の最後のシークエンスは、カルメン・アマヤからの心を震わせるほどの感動的な別れのしるしであり、彼女がこの世を去る数ヶ月前に、ただの木のテーブルの上で力強く拍子を打ちながら見せてくれたあの踊りは、フラメンコの激しい感情表現と、その暗く、哀しい調べに潜む魔力を明確に表現している。

パトリック・バンサール(ル・ステュディオ プログラム・ディレクター/シネマテーク・フランセーズ・ディレクター)
 

上映スケジュール Schedule

上映日
2003年7月19日(土)~9月6日(土) 毎週土曜日

上映時間
11:00/14:30/17:00
 

会場 Access

銀座メゾンエルメス  ル・ステュディオ
(東京都中央区銀座5‐4‐1 10階 TEL: 03-3569-3300)
 

予約 Reservation

※このプログラムの上映は既に終了いたしております。